相続法解説(民法第5編) 第7章 遺言 第4節 遺言の執行
第1004条【遺言書の検認】
1項 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言
書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2項 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3項 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。
解説
1項 「検認」とは,相続人に対し遺言の存在を知らせるとともに,遺言の内容や形状を明確にして,遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。遺言書を保管している者、遺言書を発見した者は相続の開始を知ったら、なるべく早く家庭裁判所に遺言書を提出し検認を請求しなければなりません。
2項 公正証書遺言は、公証人、2人以上の証人の立会のもとに作成され、原本は公証役場に保管されているため偽造・変造の心配がないので検認の必要はありません。
また、2020年7月から開始された「法務局における自筆証書遺言保管制度」を利用した場合も、自筆証書遺言の原本は法務局に保管されるため偽造・変造の心配がないので検認の必要はありません。
参考条文 法務局における遺言書の保管等に関する法律
第11条【遺言書の検認の適用除外】
民法第1004条第1項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
3項 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができません。
第1005条【過料】
前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、5万円以下の過料に処する。
解説
第1004条のルール違反をした者への過料規定です。遺言書を保管していた者、発見した者が遺言書を家庭裁判所に提出しなかった場合、検認の手続きを経ないで遺言を執行した場合、封印のある遺言書を家庭裁判所外で開封した者は5万円以下の過料に処されます。
第1006条【遺言執行者の指定】
1項 遺言者は、遺言で、1人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2項 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3項 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
解説
1項 「遺言執行者」とは、簡単に言うと遺言の内容を実現するために必要な手続きをする人のことです。遺言者は、遺言で、1人又は数人の遺言執行者を指定することができ、又はその指定を遺言によって指定された第三者に委託することができます。
2項 遺言執行者の指定の委託を受けた第三者は、なるべく早く遺言執行者を指定して、その旨を相続人に通知しなければなりません。
3項 遺言執行者の指定の委託を受けた第三者が、その委託を辞退したい時は、なるべく早くその旨を相続人に通知しなければなりません。
参考▶遺言執行者とは?
第1007条【遺言執行者の任務の開始】
1項 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2項 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
解説
1項 遺言者の遺言による遺言執行者の指定を受けた者はその就職を承諾することも辞退することもできます。就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければなりません。
2項 遺言執行者は、その任務を開始したときは、なるべく早く、遺言の内容を相続人に通知しなければなりません。
第1008条【遺言執行者に対する就職の催告】
相続人その他の利害関係人は、遺言執行者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、遺言執行者が、その期間内に相続人に対して確答をしないときは、就職を承諾したものとみなす。
解説
遺言者の遺言による遺言執行者の指定を受けた者はその就職を承諾することも辞退することもできます(第1007条第1項)。遺言執行者の指定を受けた者がいつまでも承諾も辞退もしないと、相続手続きができずに相続人その他の利害関係人が不利益を被る恐れがあります。そこで、相続人その他の利害関係人は、遺言執行者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができます。この場合において、遺言執行者が、その期間内に相続人に対して確答をしないときは、就職を承諾したものとみなされます。
第1009条【遺言執行者の欠格事由】
未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。
解説
遺言執行者は相続人の中から指定することも、第三者を指定することもできます。しかし、未成年者と破産者は遺言執行者になることができません。
第1010条【遺言執行者の選任】
遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
解説
遺言執行者の指定がない、死亡や辞退により不在になってしまった場合、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、遺言執行者を選任することができます。遺言執行者がいなくても相続手続きをすることは可能です。(遺言による「認知」・「相続人の廃除又はその取消し」の手続きは遺言執行者しか行うことができません。)
第1011条【相続財産の目録の作成】
1項 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2項 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければ
ならない。
解説
1項 相続財産の目録とは、被相続人の財産の内容を一覧にしたものです。預金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も記載します。遺言執行者は、なるべく早く相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければなりません。
2項 遺言執行者が、一部の相続財産を隠蔽するなどの不正な財産の目録の作成を防止するためなどに、相続人が請求したときは、相続人の立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人に相続財産の目録を作成してもらわなければなりません。
第1012条【遺言執行者の権利義務】
1項 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2項 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3項 第644条、第645条から第647条まで及び第650条の規定は、遺言執行者について準用する。
解説
1項 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します。
2項 遺言執行者がいる場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができます。
3項 以下参考条文の通り、第644条、第645条から第647条まで及び第650条は受任者についての規定です。この規定を遺言執行者にも適用します。「受任者」を「遺言執行者」と読み替えると理解しやすいと思います。
参考条文
第644条【受任者の注意義務】
受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
第645条【受任者による報告】
受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
第646条【受任者による受取物の引渡し等】
1項 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実に
ついても、同様とする。
2項 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
第647条【受任者の金銭の消費についての責任】
受任者は、委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払わなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
第650条【受任者による費用等の償還請求等】
1項 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後における
その利息の償還を請求することができる。
2項 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすること
を請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることがで
きる。
3項 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。
第1013条【遺言の執行の妨害行為の禁止】
1項 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
2項 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
3項 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。
解説
1項 遺言執行者がいる場合(遺言執行者の指定をされた者が承諾する前も含む)、相続人は相続財産を売買、消費するなど、その他遺言の執行を妨げる行為をしてはいけません。
2項 第1項の規定に違反した行為は無効とされます。ただし、そのような事情を知らずに(知らないことを法律用語で善意といいます)取引した第三者がいる場合は、何の落ち度もない第三者の立場を保護し取引の安全性を保つために、第1項の規定に違反した行為であっても無効とはされません。
3項 遺言執行者がいる場合でも、被相続人の債権者や相続人の債権者は相続財産を差し押さえるなど自己の権利を行使することができます。
第1014条【特定財産に関する遺言の執行】
1項 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
2項 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継
遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な
行為をすることができる。
3項 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその
預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財
産承継遺言の目的である場合に限る。
4項 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
1項 第1011条、第1012条、第1013条のルールは、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用されます。遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、第1011条を例にすると、特定の財産についてのみ相続財産の目録を作成して、相続人に交付すればよいということになります。第1012条を例にすると、特定の財産についてのみ相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するということにまります。
2項 第899条の2に規定されているように法定相続分を超えた相続権利は、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません。したがって、特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言があるときは、遺言執行者は相続人の第三者への対抗要件を備えるため、「不動産の登記」など必要な行為をすることができます。
3項 2項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、相続人の第三者への対抗要件を備える行為のほか、その預貯金の払戻しの請求及び解約の申入れをすることができる。ただし、解約については、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。例えば遺言者の預貯金が100万円であった場合、遺言に「100万円を長男に相続させる」とあれば解約することができますが、遺言に「50万円を長男に相続させる」とあったときは解約することはできません。
4項 2項、3項のルールとは異なる内容の遺言があった場合は、その遺言の内容に従います。
第1015条【遺言執行者の行為の効果】
遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。
解説
遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為の効果は相続人に対して直接にその効力を生じます。
第1016条【遺言執行者の復任権】
1項 遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したと
きは、その意思に従う。
2項 前項本文の場合において、第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは、遺言執行者は、相続人に対して
その選任及び監督についての責任のみを負う。
解説
1項 遺言執行者は、特別な知識が必要な手続きであったり、手続きの量が膨大であったりなど、様々な事情によって手続きを第三者に任せた方が良い場合もあります。そのような場合には自己の責任で第三者にその任務を行わせることができます。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
2項 遺言執行者が、病気などやむを得ない事由によって第三者に任務を行わせる場合は、遺言執行者は、相続人に対してその選任及び監督責任のみを負うことになります。
第1017条【遺言執行者が数人ある場合の任務の執行】
1項 遺言執行者が数人ある場合には、その任務の執行は、過半数で決する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したとき
は、その意思に従う。
2項 各遺言執行者は、前項の規定にかかわらず、保存行為をすることができる。
解説
1項 遺言執行者が複数人いる場合は、遺言執行者の過半数で決定し、執行します。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
2項 保存行為(例えば建物を修繕したり管理したりする行為)に関しては過半数の決定がなくても個々で行うことができます。
第1018条【遺言執行者の報酬】
1項 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬
を定めたときは、この限りでない。
2項 第648条第2項及び第3項並びに第648条の2の規定は、遺言執行者が報酬を受けるべき場合について準用する。
解説
1項 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって、遺言執行者の報酬を定めることができます。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときはそれに従います。
2項 遺言執行者が報酬を受けるべき場合は、第648条第2項、第3項、第648条の2のルールを適用します。以下参考条文の「受任者」を「遺言執行者」、「委任事務」を「遺言執行」と読み替えると理解しやすいと思います。
参考条文
第648条【受任者の報酬】
1項 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2項 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によっ
て報酬を定めたときは、第624条第2項(期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。)の規定
を準用する。
3項 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。
二 委任が履行の中途で終了したとき。
第648条の2【成果等に対する報酬】
1項 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬
は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。
2項 第634条の規定は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合について準用する。
第634条【注文者が受ける利益の割合に応じた報酬】
次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。
第1019条【遺言執行者の解任及び辞任】
1項 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することがで
きる。
2項 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。
解説
1項 遺言執行者がその任務を怠ったなどの正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができます。
正当な理由がない場合はもちろん、正当な理由があるときでも利害関係人が勝手に解任させることはできません。
2項 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができます。一度、遺言執行の就職を承諾した場合は、勝手に辞任することはできません。
第1020条【委任の規定の準用】
第654条及び第655条の規定は、遺言執行者の任務が終了した場合について準用する。
解説
遺言執行者の任務が終了した場合は第654条、第655条のルールを適用します。以下参考条文中の「委任」を「遺言執行」、「受任者」を「遺言執行者」と読み替えると理解しやすいと思います。
参考条文
第654条【委任の終了後の処分】
委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
第655条【委任の終了の対抗要件】
委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。
第1021条【遺言の執行に関する費用の負担】
遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることができない。
解説
遺言の執行に関する費用は、相続財産から負担します。ただし、これによって遺留分を侵害することはできません。
遺留分は、遺言の執行に関する費用を差し引く前の相続財産を基に計算します。