相続法解説(民法第5編) 第4章 相続の承認及び放棄 第2節 相続の承認
目次
第1款 単純承認
第2款 限定承認
第935条【公告期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者】
第1款 単純承認
第920条【単純承認の効力】
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
解説
単純承認とはプラスの財産もマイナスの財産も全てを相続することです。
相続人が単純承認をした場合、現金、不動産、預貯金債権、借金など全てを相続することになります。
第921条【法定単純承認】
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この
限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこ
れを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認
をした後は、この限りでない。
解説
法定単純承認とは、相続人のある行為によって当然に単純承認したものとみなされることで、そうなると限定承認や相続放棄をすることができなるので注意が必要です。
法定単純承認に該当するのは次の一~三のケースです。
一 相続人が相続財産を売ってしまった、捨ててしまった、消費してしまった等の処分をした場合。
ただし、相続財産の価値を維持する為の行為(保存行為)や第602条(短期賃貸借)に定められている期間を超えない賃貸をすることは法定単純承認には該当しません。
二 相続人が熟慮期間内に限定承認も相続放棄もしなかった場合。
三 相続人が限定承認や相続放棄をする場合、マイナスの財産があることがほとんどです。マイナスの財産があるということは被相続人にお金を貸していた人(相続債権者)が存在します。
相続人が限定承認又は相続放棄をした後でも、相続債権者の不利益になることを認識しながら相続財産を隠すなどの行為をした場合。
ただし、このような場合でも相続人の放棄によって、次順位の相続人が相続を承認したときは、法定単純承認は成立しません。
関連条文
第602条【短期賃貸借】
処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には、次の各号に掲げる賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、当該各号に定める期間とする。
一 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 10年
二 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 5年
三 建物の賃貸借 3年
四 動産の賃貸借 6箇月
第2款 限定承認
第922条【限定承認】
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
解説
限定承認とは、相続によって得たプラスの財産をもって借金などのマイナスの財産を清算し、なお財産が残ればそれを引き継ぐという方法です。
プラスの財産よりマイナスの財産の方が多い場合は、プラスの財産の範囲内においてのみマイナスの財産を引き継ぎます。
マイナスの財産の方が多い場合は相続放棄をすることがほとんどになります。
しかし、マイナスの財産の方が多い場合でも、例えば、被相続人と共に長年暮らしてきたこの自宅だけは手放したくない等、どうしても承継したいものがあるときは、その範囲でのみマイナスの財産を返済すればよく、全てのマイナスの財産を返済する必要はないので有効な手段となりえます。
実際にはかなりの手間や費用がかかるので、ごくごくまれにしか利用されていません。
第923条【共同相続人の限定承認】
相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。
解説
相続人が複数人いるときは、全員で限定承認をしなければなりません。
ただし、相続放棄をした人がいる場合、その人は相続人ではなかったことになりますので、残りの相続人全員で限定承認をすることができます。
第924条【限定承認の方式】
相続人は、限定承認をしようとするときは、第915条第1項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
解説
限定承認をする場合は、熟慮期間内に、相続財産の目録を作成してこれを家庭裁判所に提出し、限定承認する旨を申述しなければなりません。
第925条【限定承認をしたときの権利義務】
相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす。
解説
例えば、子Aが父Bにお金を貸していたとします。AはBからお金を返してもらう権利があります。BはAにお金を返す義務があります。このとき、Bが亡くなりAが相続人になると、Aはお金を返してもらう、お金を返す、という相反する権利と義務を有すことになり、「混同」(520条)によって消滅します。
本条は「混同」の例外で、上記のような場合にも権利義務は消滅しなかったものとみなします。
限定承認が選択される場合は、プラスの財産よりもマイナスの財産の方が多いことがほとんどであり、そのマイナスの財産に対する債権者(相続債権者)は満額の返済をしてもらえない可能性が高いです。それにもかかわらす上記の例の場合において混同によって権利も義務も消滅してしまうと、Aは満額の返済を受けたことになり、他の相続債権者との間で不公平が生じます。
よって「混同」の例外としてAは(満額の返済をしてもらえない可能性が高い)債権と、満額返済の義務を別々に有することになります。
関連条文
第520条【混同】
債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。
第926条【限定承認者による管理】
1項 限定承認者は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産の管理を継続しなければならない。
2項 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。
解説
限定承認が選択された場合には、プラスの財産とマイナスの財産が存在し、マイ
ナスの財産に対する債権者(相続債権者)が存在します。相続債権者にとって相続財産次
第で自分がどれだけの返済を受けられるかが決まりますので、その管理はとても重要に
なります。
1項 限定承認した相続人は、自分の財産と同じくらいの注意をもって相続財産の管理を継続しなければなりません。
2項 限定承認者が相続財産を管理している状態を、相続債権者が限定承認者に相続財産の管理を任せていると解釈し、委任のルールを適用します。
下記参考条文中の「受任者」を限定承認者、「委任者」を相続債権者、「委任事務」を相続財産の管理と解釈してください。
関連条文
第645条【受任者による報告】
受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
第646条【受任者による受取物の引渡し等】
1項 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実に
ついても、同様とする。
2項 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
第650条【受任者による費用等の償還請求等】
1項 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後における
その利息の償還を請求することができる。
2項 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすること
を請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることがで
きる。
第927条【相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告】
1項 限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受
遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、
その期間は、2箇月を下ることができない。
2項 前項の規定による公告には、相続債権者及び受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなけれ
ばならない。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することができない。
3項 限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならない。
4項 第1項の規定による公告は、官報に掲載してする。
解説
相続債権者とは相続財産に属する債務の債権者です。
受遺者とは遺言によって相続財産を譲り受ける者です。
1項 限定承認者は、相続財産に対して権利を持っている者達に、平等に義務を履行しなければなりません。しかし、それらの権利者を限定承認者が全て把握しきれているとは限りません。
そこで限定承認者は、承認から5日以内に、相続財産に権利をもっている者に対して「限定承認しましたから、相続債権者及び受遺者は一定の期間内に請求の申し出をしてください。」というような公告をしなければなりません。一定の期間というのは2か月以上に設定しなければなりません。
2項 公告の中には「一定の期間内に請求の申し出をしなかった相続債権者や受遺者は、弁済の対象から除かれます。」という旨を記載しなければなりません。
ただし、限定承認者がそもそも把握できていた相続債権者や受遺者を弁済の対象から除くことはできません。
3項 限定承認者は、把握できている相続債権者や受遺者それぞれに対して、申し出をするように請求しなければなりません。
4項 公告には様々な方法がありますが、第1項の規定による公告は官報(国の機関紙)に掲載することで行う必要があります。
第928条【公告期間満了前の弁済の拒絶】
限定承認者は、前条第1項の期間の満了前には、相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。
解説
限定承認者は第927条第1項の公告に対する相続債権者、受遺者の申し出によって、全ての債務を確定することができます。そのうえで平等に弁済しなければなりませんので、公告期間が終了する前に請求されても弁済を拒むことができます。
第929条【公告期間満了後の弁済】
第927条第1項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。
解説
限定承認の公告期間が満了し、相続債権者、受遺者、それぞれの債権額が確定します。
限定承認者はそれぞれの債権額の割合に応じて弁済しなければなりません。
ただし、抵当権等の優先権を持つ者にはまずその全額を弁済します。そのうえで残った相続財産を他の債権者の割合に応じて弁済します。
第930条【期限前の債務等の弁済】
1項 限定承認者は、弁済期に至らない債権であっても、前条の規定に従って弁済をしなければならない。
2項 条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済をしなければならない。
解説
1項 通常はまだ弁済期になってない債権に対して、債務者は弁済をする必要はありません。しかし、相続財産を早期に清算する為に、弁済期になってない債権でも弁済しなければならないこととしました。
2項 条件付きの債権や存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済しなければなりません。
第931条【受遺者に対する弁済】
限定承認者は、前2条の規定に従って各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができない。
解説
相続債権者と受遺者への弁済の順序についてのルールです。
限定承認者は、まず相続債権者に対して弁済をし、まだなお遺産が残っている場合にのみ受遺者に対して弁済をすることができます。
これは、相続債権者は通常なんかしらの対価を提供し債権を入手しているのに対して、受遺者は対価無しに取得した権利ですので、優先順位を設けて、より保護されるべき者の権利を守るためです。
第932条【弁済のための相続財産の換価】
前3条の規定に従って弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならない。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる。
解説
相続債権者や遺贈者に対して弁済をする場合に、相続財産を売却して現金にする必要があるときは、競売にかけなければなりません。
ただし、被相続人の形見の品だったり、長年住み慣れた家だったり、どうしても手元に残したい物に関しては、家庭裁判所が選任した鑑定人の出した評価額相当を、相続人が自身の財産から弁済することで競売を差し止めることができます。
第933条【相続債権者及び受遺者の換価手続への参加】
相続債権者及び受遺者は、自己の費用で、相続財産の競売又は鑑定に参加することができる。この場合においては、第260条第2項の規定を準用する。
解説
相続財産の鑑定評価額次第で、相続債権者や受遺者がどれだけの弁済を受けられるかが変わってくるので、手続きの不正が無いか、評価額が適正かどうかは、自身の目で確かめたいところです。
そこで、相続債権者や受遺者は、自己の費用で相続財産の競売や鑑定に参加できることとしました。この場合、第260条第2項の規定に従うことになります。
関連条文
第260条【共有物の分割への参加】
1項 共有物について権利を有する者及び各共有者の債権者は、自己の費用で、分割に参加することができる。
2項 前項の規定による参加の請求があったにもかかわらず、その請求をした者を参加させないで分割をしたときは、その分割は、その請求をした者に対抗することができない。
第934条【不当な弁済をした限定承認者の責任等】
1項 限定承認者は、第927条の公告若しくは催告をすることを怠り、又は同条第1項の期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をした
ことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは、これによって生じた損害を賠償する責任
を負う。第929条から第931条までの規定に違反して弁済をしたときも、同様とする。
2項 前項の規定は、情を知って不当に弁済を受けた相続債権者又は受遺者に対する他の相続債権者又は受遺者の求償を妨げない。
3項 第724条の規定は、前2項の場合について準用する。
解説
1項 限定承認者が、限定承認した際にしなくてはならない公告や催告を怠った場合や、まだ公告期間が終了してないにもかかわらず一部の債権者だけに優先的に弁済をしたことによって他の相続債権者や受遺者に弁済できなくなったときは、限定承認者はその損害を賠償する責任を負います。
また、相続債権者の債権額の割合を無視した弁済をした場合、相続財産から弁済を受ける
優先順位を無視した弁済をした場合なども、損害賠償の対象となります。
2項 ルール違反と認識したうえで弁済を受けた相続債権者や受遺者に対しても、他の相続債権者や受遺者は求償することができます。
3項 ルール違反の弁済によって損害を受けた債権者等は、受けた損害と、ルール違反を行った者を知った時から3年間、もしくはルール違反が行われた時から20年間、損害賠償請求しないとき、請求権は時効により消滅します。
関連条文
第724条【不法行為による損害賠償請求権の消滅時効】
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
二 不法行為の時から20年間行使しないとき。
第935条【公告期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者】
第927条第1項の期間内に同項の申出をしなかった相続債権者及び受遺者で限定承認者に知れなかったものは、残余財産についてのみその権利を行使することができる。ただし、相続財産について特別担保を有する者は、この限りでない。
解説
限定承認の公告期間内に申し出なかったことで、限定承認者に把握されなかった相続債権者や受遺者は、他の債権者等に弁済をしたうえでなお相続財産が残っていた場合のみその権利を行使できます。
ただし、抵当権等の特別担保を有する者は優先して弁済を受けられます。
第936条【相続人が数人ある場合の相続財産の管理人】
1項 相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から、相続財産の管理人を選任しなければならない。
2項 前項の相続財産の管理人は、相続人のために、これに代わって、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をする。
3項 第926条から前条までの規定は、第1項の相続財産の管理人について準用する。この場合において、第927条第1項中「限定承認
をした後五日以内」とあるのは、「その相続財産の管理人の選任があった後10日以内」と読み替えるものとする。
解説
1項 限定承認は共同相続人全員でしなければなりません。相続人が一人の場合は、その者が相続財産を管理することになりますが、共同相続人全員で限定承認したときは、家庭裁判所は相続人の中から相続財産の管理人を選任しなければなりません。
2項 相続財産の管理人は、相続人全員を代表して、相続財産の管理や債務の弁済に必要な行為をする一切の権限を持ちます。
3項 相続財産の管理人は民法第926条から第935条の規定に従わなければいけません。
ただし、限定承認の公告は、「限定承認をした後5日以内」にしなければならないのが原則ですが、例外として「その相続財産の管理人の選任があった後10以内」にすればよいこととしています。
第937条【法定単純承認の事由がある場合の相続債権者】
限定承認をした共同相続人の1人又は数人について第921条第1号又は第3号に掲げる事由があるときは、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、当該共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができる。
解説
限定承認をした共同相続人の1人または数人が、相続財産の一部または全部を処分した場合や、相続財産を隠したり、消費したり、相続財産の目録に記載しなかった等の不正(法定単純承認自由)によって、相続財産から弁済を受けることができなかった相続債権者の権利についてのルールです。
弁済を受けることができなかった相続債権者はその債権額を、不正を行った共同相続人に対して、その相続分に応じて請求することができます。