相続法解説(民法第5編) 第7章 遺言 第3節 遺言の効力
第985条【遺言の効力の発生時期】
1項 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。
2項 遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を
生ずる。
解説
1項 遺言は、遺言者が死亡した時に初めてその効力を生じます。
2項 停止条件とは、将来発生することが不確実な条件が成就した際に効力を発生させる条件のことです。例えば、「結婚したら100万円をあげる」というようなものです。このような停止条件の付いた遺言は、遺言者の死亡の時からではなく、遺言者の死亡後に条件が成就した時(上記例でいうと結婚した時)に遺言の効力が生じます。
第986条【遺贈の放棄】
1項 受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。
2項 遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
解説
1項 遺贈には「包括遺贈」と「特定遺贈」がありますが、このルールは「特定遺贈」にのみ適用されます。遺贈による利益を享受することを好まない「特定遺贈」の受遺者はいつでも遺贈の放棄ができます。これに対して「包括遺贈」の受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(第990条)ことから、遺贈を放棄するためには自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申し出る必要があります。
2項 遺贈の放棄がされた場合、その効力は遺言者の死亡の時にさかのぼって発生します。
第987条【受遺者に対する遺贈の承認又は放棄の催告】
遺贈義務者(遺贈の履行をする義務を負う者をいう。以下この節において同じ。)その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に遺贈の承認又は放棄をすべき旨の催告をすることができる。この場合において、受遺者がその期間内に遺贈義務者に対してその意思を表示しないときは、遺贈を承認したものとみなす。
解説 第986条第1項の通り、特定遺贈の受遺者はいつでも遺贈の放棄をすることができます。ですが、いつまでも遺贈を受けるのか放棄するのかがはっきりしないと遺贈義務者その他の利害関係人にとっては権利関係が不安定な状態が続いてしまいます。したがって、遺贈義務者その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、遺贈を受けるのか放棄するかの回答を求めることができます。この場合に、受遺者がその期間内に返答をしないときは、遺贈を承認したものとみなします。
第988条【受遺者の相続人による遺贈の承認又は放棄】
受遺者が遺贈の承認又は放棄をしないで死亡したときは、その相続人は、自己の相続権の範囲内で、遺贈の承認又は放棄をすることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
受遺者が遺贈の承認又は放棄をしないで死亡したときは、受遺者たる地位は相続人に承継され、受遺者の相続人は自己の相続権の範囲内で、個々に遺贈の承認又は放棄をすることができます。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示していたときは、その意思に従います。
第989条【遺贈の承認及び放棄の撤回及び取消し】
1項 遺贈の承認及び放棄は、撤回することができない。
2項 第919条第2項及び第3項の規定は、遺贈の承認及び放棄について準用する。
解説
1項 遺贈の承認、放棄を一度決定してしまったら、撤回することはできません。
2項 遺贈の承認または放棄をしたときでも、民法総則編及び親族編に規定された取消原因があるときには、その承認または放棄を取り消すことができます(第919条第2項)。取消原因の例として、未成年者が法定代理人の同意を得ないでした承認または放棄。成年被後見人のした承認または放棄。錯誤や詐欺、脅迫による承認または放棄。などです。
上記の場合の取消権は、追認することができる時から6か月間行使しない場合は時効によって消滅します。承認または放棄の時から10年が経過したときも消滅します(第919条第3項)。
第990条【包括受遺者の権利義務】
包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
解説 包括受遺者とは、遺産を割合によって遺贈を受ける者です。例えば、遺産の全部(100%)、銀行預金の半分(50%)、不動産の3分の1などです。このような包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有します。
第991条【受遺者による担保の請求】
受遺者は、遺贈が弁済期に至らない間は、遺贈義務者に対して相当の担保を請求することができる。停止条件付きの遺贈についてその条件の成否が未定である間も、同様とする。
解説
例えば遺言者が「孫が成人した時に100万円をあげる」といった遺言を残していた場合、相続発生時に孫はまだ10歳だったとすると、孫が100万円をもらえるのは8年近く先のことになります。孫が成人した時に遺贈義務者が資力を欠いていて100万円をもらえないといった事態を回避するために、受遺者(孫)は、遺贈が弁済期(孫の18歳の誕生日)に至らない間は、遺贈義務者に対して相当の担保を請求することができます。
停止条件付きの遺贈についてその条件の成否が未定である間も、同様に相当の担保を請求することができます。
第992条【受遺者による果実の取得】
受遺者は、遺贈の履行を請求することができる時から果実を取得する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
果実とは法律用語の1つで、「天然果実」と「法定果実」があります。「天然果実」とは物の用法に従い収取する産出物のことで、例えば木からとれた果実、鶏からとれた卵などです。「法定果実」とは物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物のことで、例えばアパートから得られる家賃、貸金から得られる利息などです。
遺贈の履行を請求することができる時とは、通常の遺贈の場合は遺言者の死亡の時、停止条件付の遺贈の場合は条件が成就した時、期限付き遺贈の場合はその期限が到来した時です。
受遺者が通常の遺贈によって鶏を譲り受けたとします。しかし実際に受遺者の手元に鶏が渡ったのは遺言者の死亡から3日後でした。その場合、遺言者の死亡から受遺者の手元に鶏が渡るまでの3日の間に鶏が生んだ卵も受遺者が取得することができます。
ただし、遺言者が遺言に「鶏の受遺者への引き渡し前に産んだ卵は〇〇のものとする」のように別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
第993条【遺贈義務者による費用の償還請求】
1項 第299条の規定は、遺贈義務者が遺言者の死亡後に遺贈の目的物について費用を支出した場合について準用する。
2項 果実を収取するために支出した通常の必要費は、果実の価格を超えない限度で、その償還を請求することができる。
解説
1項 遺贈義務者は、遺贈の目的物について必要費を支出したときは、受遺者にその償還をさせることができる。例、受遺者に鶏を引き渡すまでの鶏の餌代。
遺贈義務者は、遺贈の目的物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、受遺者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、受遺者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
2項 果実を収取するために支出した通常の必要費は、果実の価格を超えない限度で、その償還を請求することができる。
関連条文
第299条【留置権者による費用の償還請求】
1項 留置権者は、留置物について必要費を支出したときは、所有者にその償還をさせることができる。
2項 留置権者は、留置物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、その
支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、所有者の請求により、その償還について相当の期限を許
与することができる。
第994条【受遺者の死亡による遺贈の失効】
1項 遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない。
2項 停止条件付きの遺贈については、受遺者がその条件の成就前に死亡したときも、前項と同様とする。ただし、遺言者がその遺言に
別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
1項 遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じません。遺贈には相続のような代襲はありません。遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときであっても、受遺者の子供が受遺者の地位を承継して遺贈を受けるということはありません。
2項 停止条件付きの遺贈の場合に、条件の成就前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じません。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
第995条【遺贈の無効又は失効の場合の財産の帰属】
遺贈が、その効力を生じないとき、又は放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは、相続人に帰属する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
遺言者の死亡前に受遺者が死亡した場合、その効力を生じません(第994条第1項)。そのようなときや、受遺者が遺贈を放棄したとき、本来遺贈されるはずだった遺産は相続人に帰属します。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
例えば「土地Aを長男Xに遺贈する。ただし、遺言者の死亡以前に長男Xが死亡した場合、又は遺贈を放棄した場合には、孫Yに遺贈する。」
第996条【相続財産に属しない権利の遺贈】
遺贈は、その目的である権利が遺言者の死亡の時において相続財産に属しなかったときは、その効力を生じない。ただし、その権利が相続財産に属するかどうかにかかわらず、これを遺贈の目的としたものと認められるときは、この限りでない。
解説
遺言者が「土地Aを長男Xに遺贈する」という遺言を残していたものの、遺言者が死亡した時に不動産Aが遺言者の所有物でなかった場合(他人の物だった場合)、この遺言は無効となります。ここまでは当たり前のことに感じると思います。ただし、他人の物であったとしても例外的に有効とされる場合があります。例えば「Z所有の土地Aを長男Xに遺贈する。遺言執行者Yは土地Aを取得すること」というように他人物であってもそれを取得したうえで遺贈するという明確な意思表示がされているときです。
第997条【相続財産に属しない権利の遺贈における遺贈義務者の責任】
1項 相続財産に属しない権利を目的とする遺贈が前条ただし書の規定により有効であるときは、遺贈義務者は、その権利を取得して受
遺者に移転する義務を負う。
2項 前項の場合において、同項に規定する権利を取得することができないとき、又はこれを取得するについて過分の費用を要すると
きは、遺贈義務者は、その価額を弁償しなければならない。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思
に従う。
解説
1項 第996条の後半部分「ただし」以降(但し書き)についてのルールです。例えば「Z所有の土地Aを長男Xに遺贈する。遺言執行者Yは土地Aを取得すること」というように他人物であってもそれを取得したうえで遺贈するという明確な意思表示がされている場合、有効な遺言とされます。このようなとき、遺贈義務者は所有者Zから土地Aの権利を取得して長男Xに移転する義務を負います。
2項 1項の場合において、所有者Zが土地Aを譲ってくれないとき、又は土地Aの取得費用が高すぎて取得できないときは、遺贈義務者は土地Aの取得にあてるはずだった価額を受遺者(長男X)に支払わなければなりません。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。例えば「もし土地Aを取得できなけば代わりに土地Bを取得し長男Xに遺贈する」というような場合です。
第998条【遺贈義務者の引渡義務】
遺贈義務者は、遺贈の目的である物又は権利を、相続開始の時(その後に当該物又は権利について遺贈の目的として特定した場合にあっては、その特定した時)の状態で引き渡し、又は移転する義務を負う。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
例えば、遺言者が「建物Aを長男Xに遺贈する」という遺言をした時点では建物Aは新築で一切の欠損もなかったとします。しかし、遺言者が死亡し相続が開始した時には建物Aは一部が欠損していました。遺贈義務者は、相続開始時の一部が欠損している状態で受遺者へ引き渡す義務がありますが、遺言時の新築の状態に修繕する必要はありません。逆に、相続開始時は一部のみが欠損している状態でしたが、受遺者への引き渡しの際にはあちこちが欠損している状況だったというような場合は、相続開始時の一部のみが欠損している状態まで修繕したうえで受遺者へ引き渡す義務があります。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。例えば遺言に「建物Aに欠損があった場合は新築時同様に修繕したうえで遺贈する」というような意思表示があった場合です。
第999条【遺贈の物上代位】
1項 遺言者が、遺贈の目的物の滅失若しくは変造又はその占有の喪失によって第三者に対して償金を請求する権利を有するときは、そ
の権利を遺贈の目的としたものと推定する。
2項 遺贈の目的物が、他の物と付合し、又は混和した場合において、遺言者が第243条から第245条までの規定により合成物又は混和物
の単独所有者又は共有者となったときは、その全部の所有権又は持分を遺贈の目的としたものと推定する。
解説
1項 例えば遺言者が「建物Aを長男Xに遺贈する」という遺言をした場合に、建物Aが火災により滅失してしまったとします。本来の遺贈の目的物である建物Aは無くなってしまいましたが、代わりに建物Aの火災保険金を請求する権利を遺贈の目的としたものと推定されます。
2項 遺贈の目的物が、他の物と付合し(第243条、第244条)、又は混和した場合(第245条)において、遺言者が合成物又は混和物の単独所有者又は共有者となったときは、その全部の所有権又は持分を遺贈の目的としたものと推定されます。
関連条文
第243条【動産の付合】
所有者を異にする数個の動産が、付合により、損傷しなければ分離することができなくなったときは、その合成物の所有権は、主たる動産の所有者に帰属する。分離するのに過分の費用を要するときも、同様とする。
第244条【動産の付合】
付合した動産について主従の区別をすることができないときは、各動産の所有者は、その付合の時における価格の割合に応じてその合成物を共有する。
第245条【混和】
前2条の規定は、所有者を異にする物が混和して識別することができなくなった場合について準用する。
第1000条 削除
第1001条【債権の遺贈の物上代位】
1項 債権を遺贈の目的とした場合において、遺言者が弁済を受け、かつ、その受け取った物がなお相続財産中に在るときは、その物を
遺贈の目的としたものと推定する。
2項 金銭を目的とする債権を遺贈の目的とした場合においては、相続財産中にその債権額に相当する金銭がないときであっても、その
金額を遺贈の目的としたものと推定する。
解説
1項 金銭以外の債権(金銭債権については第2項に規定されています)を遺贈の目的とした場合において、遺言者が弁済を受け、かつ、その受け取った物が相続財産中にあるときは、その物を遺贈の目的としたものと推定されます。
2項 金銭を目的とする債権を遺贈の目的とした場合においては、相続財産中にその債権額に相当する金銭がないときであっても、その 金額を遺贈の目的としたものと推定されます。例えば遺言者が「Xへの100万円の貸金債権をAに遺贈する」という遺言をしましたが、その後に遺言者はXから100万円の弁済を受けていました。またその後に遺言者が死亡し相続開始時に遺産中の金銭は50万円しかなかったような場合でも、受遺者Aは100万円の請求ができます。遺贈義務者は遺産中の不動産を金銭化するなどして、遺贈する必要があります。
第1002条【負担付遺贈】
1項 負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。
2項 受遺者が遺贈の放棄をしたときは、負担の利益を受けるべき者は、自ら受遺者となることができる。ただし、遺言者がその遺言に
別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説
1項 負担付遺贈とは、遺贈する代わりに一定の義務を負担させる条件をつけた遺贈のことです。例えば遺言者が「長男Aに100万円を遺贈する代わりに遺言者の妻Bの老後の介護をしてもらう」というような遺言をした場合で、受遺者は遺贈の目的の価額である100万円の範囲内での役務(介護)の提供をすればよいということになります。
2項 上記の例で、例えば長男Aが忙しく介護に充てる時間がない為に遺贈を放棄したとします。そのときは、負担の利益を受けるべき者(介護をしてもらうべき者)だった妻Bは、自ら受遺者のなることができるので、100万円の遺贈を受けられます。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。
第1003条【負担付遺贈の受遺者の免責】
負担付遺贈の目的の価額が相続の限定承認又は遺留分回復の訴えによって減少したときは、受遺者は、その減少の割合に応じて、その負担した義務を免れる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
解説 相続の限定承認(第922条)、又は遺留分侵害額の請求(第1046条)によって負担付遺贈の目的の価額が減少したときは、受遺者は、その減少の割合に応じて、その負担した義務を免れます。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従います。