相続法解説(民法第5編) 第7章 遺言 第2節 遺言の方式 第2款 特別の方式
第976条【死亡の危急に迫った者の遺言】
1項 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人3人以上の立会いをもって、その1人に遺言の
趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人
に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
2項 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、
同項の口授に代えなければならない。
3項 第1項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定す
る筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせに代えることができる。
4項 前3項の規定によりした遺言は、遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得な
ければ、その効力を生じない。
5項 家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。
解説
1項 病気などの理由によって生命が危険な状態にある者が遺言をしようとするときは、証人3人以上の立会いのうえ、その1人に遺言の趣旨を口頭で伝えることで遺言をすることができます。この場合、遺言内容を口頭で伝えられた者が遺言内容を筆記して、遺言者と他の証人に読み聞かせるか閲覧してもらい、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければなりません。「一般危急時遺言」
2項 口の不自由な方が1項の規定による遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を手話などを用いり、通訳人の通訳により申述してもらい、口頭で伝える代わりにしなければなりません。
3項 第1項後段の遺言者又は他の証人が耳の不自由な方の場合には、せん遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定する筆記した内容を手話などを用いた通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせの代わりにすることができます。
4項 1項、2項、3項のルールを用いた遺言は、遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じません。
5項 家庭裁判所は、4項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができません。
第977条【伝染病隔離者の遺言】
伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官1人及び証人1人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。
解説
伝染病や行政処分によって一般社会との交通が断たれた場所にいる者は、警察官1人及び証人1人以上の立会いによって遺言書を作ることができます。必ずしも伝染病や行政処分に限られず、事実上又は法律上自由にできない場所にある者はこの方法によって遺言することができます。「一般隔絶地遺言」
第978条【在船者の遺言】
船舶中に在る者は、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。
解説
船舶中の場合は、公証役場へ行くことができないなど通常の遺言をすることは困難です。そのため、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会いによって遺言書を作ることができます。「船舶隔絶地遺言」
第979条【船舶遭難者の遺言】
1項 船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人2人以上の立会いをもって口頭で遺言をすること
ができる。
2項 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、通訳人の通訳によりこれをしなければならない。
3項 前二項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、かつ、証人の1人又は利害関係人から
遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
4項 第976条第5項の規定は、前項の場合について準用する。
解説
1項 船舶が遭難した場合に、その船舶内にいて生命が危険な状態にある者が遺言をしようとするときは、証人2人以上の立会いにより口頭で遺言をすることができます。緊急性が高いため、筆記、読み聞かせの必要がないなど遺言に必要なルールが緩和されています。「難船危急時遺言」
2項 口の不自由な方が1項の規定による遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を手話などを用いり、通訳人の通訳により申述してもらい、口頭で伝える代わりにしなければなりません。
3項 1項、2項のルールによってされた遺言は、証人がその趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、かつ、証人の1人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じません。
4項 家庭裁判所は、3項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができません。
第980条【遺言関係者の署名及び押印】
第977条及び第978条の場合には、遺言者、筆者、立会人及び証人は、各自遺言書に署名し、印を押さなければならない。
解説
一般社会との交通が断たれた場所にいる者や(第977条)、船舶中に在る者(第978条)がする特別の方式による遺言は、遺言者、筆者、立会人及び証人が、各自遺言書に署名し押印しなければなりません。
第981条【署名又は押印が不能の場合】
第977条から第979条までの場合において、署名又は印を押すことのできない者があるときは、立会人又は証人は、その事由を付記しなければならない。
解説
一般社会との交通が断たれた場所にいる者(第977条)、船舶中に在る者(第978条)、遭難した船舶中で生命が危険な状態にある者(第979条)が遺言を残す場合に、署名押印することのできない者がいるときは、立会人又は証人がその事由を付記しなければなりません。
遺言者と同様に立会人、証人も一般社会と隔離された状況で印を持ち合わせていない場合などの緩和が認められたものです。
第982条【普通の方式による遺言の規定の準用】
第968条第3項及び第973条から第975条までの規定は、第976条から前条までの規定による遺言について準用する。
解説
特別の方式による遺言「一般危急時遺言」「一般隔絶地遺言」「船舶隔絶地遺言」「難船危急時遺言」について、遺言内容を変更した場合(第968条第3項)、生年後見人が遺言する場合(第973条)、証人及び立会人の欠格事由について(第974条)、共同遺言の禁止について(第975条)は、普通の方式による遺言のルールを適用します。
第983条【特別の方式による遺言の効力】
第976条から前条までの規定によりした遺言は、遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から6箇月間生存するときは、その効力を生じない。
解説
特別の方式による遺言(第976条から第982条)は、死亡の危急が迫っている場合や交通を断たれているなどの場合に普通の方式による遺言が困難なため、緊急措置的に認められたものです。そのため、普通の方式による遺言をすることが可能になった場合に、遺言者がその時から6カ月間生存していたときは、特別の方式による遺言の効力は失われるものとしています。遺言を残したければ、改めて普通の方式による遺言が必要になります。
第984条【外国に在る日本人の遺言の方式】
日本の領事の駐在する地に在る日本人が公正証書又は秘密証書によって遺言をしようとするときは、公証人の職務は、領事が行う。
解説
外国にいる日本人が公正証書遺言、秘密証書遺言をしようとしても日本のように公証人がいません。そのため、領事が公証人に代わってその職務を行います。